気功治療などあらゆる療法に優る天啓気療を実施しても改善しにくい方
様々なエネルギーに対する感受性には、個人差があり、感受性の強い方も、弱い方もいますが、感受性の弱い方は、天啓気療の効果も、弱い場合があります。感受性の弱い方の場合には、警戒心、嫉妬、悲しみ、臆病、憎しみ、その他、病気の恐怖などに対して、必要以上に敏感になっている場合が多いようなのです。また、ありとあらゆる物に該当するのではあるが、著しく物事や物に対しての執着欲、恐怖(自分で気付く場合は少ない。)心などが、心の奥底に潜んでいる場合などには、一時回復しても、またすぐに戻ってしまい、残念な結果になる場合があるのです。特に、著しくお金や土地などに執着している場合や、幼少期に、虐待などの恐怖体験をしている場合などには、改善しにくいような気がするのです。また、幼少期に、虐めなどの恐怖を体験した場合であっても、同様に改善しにくくなっているようである。 また、理由はどうであれ、何度も簡単に時間を変更したりする方や、時間を守らない方も、やはり、改善はしにくいと考えなければならないようです。例え、交通の事情や、仕事の事情があったとしても、同様となるところが不思議なところなのです。この事を考えるに、自分が幸せになり、病気から開放されたいのなら、この教訓や自我について、他人を落とし入れたり、恨んだりする事は何であるかを、そして、お金とは、時間とは、個人の自由とは何のために、そして、いずれのために存在するのかなどを、もう一度初心に立ち返り、検討してみる事も、心得なければならないような気がするのです。時間の場合などは、相手に対して迷惑がかかるばかりではなく、他の方々の時間をも、消費しまっていると考えられるのです。要するに、誰が考えても迷惑と感じられる事柄は慎まなければならないようなのです。
ところで、極端に改善しにくい方の場合には、自分自身の心の中では、改善したいと強く願っているのではあるが、心を素直に開放できない事が多いようである。どのような事かと申しますと、まず、感激した時や、悲しんだ時などに素直に涙が出てこない方、普段は絶対に泣かない方、心の中では泣くが、外見的には涙を流す事ができない場合などがあるのです。つまり、心の緊張を開放する事が、少ない場合などがあげられるのです。更に、涙を流す事ができる環境になかった場合(特に幼少期に両親などの虐待などがあり、泣く事を禁止されていた場合など。)や、現在も、涙を流して泣ける環境ではない場合などには、改善はしにくいようなのです。従って、心のあり方で、同情心や、愛について私が強調している事が理解できるはずです。なお、涙は、血液の一部である事が、判明している事からも考えてみれば、たびかさなる様々な緊張から、血液自体もまた、病気と同様になっていて、正常なる働きができないものと考えられるのです。
また、全ての方々ではないが、方々の治療院はもとより、方々の病院などにかけもちで通院している場合などには、悲惨な状態や結果になる事が多いようなのです。理由としては、どこの治療師であろうとも、医師であろうとも、信頼をしていない事になり、自分自身の事もまた、信頼しているとは言いがたいようなのです。この方々の場合には、他力本願であり、自分に原因があるにも係わらず、認めて、受け入れようとしていない事になるのです。また、誰であっても、自然治癒する能力を持ち合わせているにも係わらず、自分の本来持ち合わせている自然治癒力などは、全くないがしろにしている事が多いようなのです。
例え、その攻撃をした方が、本人の家族や友人であろうとも、同様となるようですから注意が必要なのです。このことは、家族も、友人も、縁ある方は、同じ意識のあり方や、愛のあり方であることが判明するのです。更に、私は治らなかった。と、後になってから攻撃をしたとしても、同じ結果になるようなのです。なぜなら、この方々は、心の中に、以前より、このような、攻撃する意識を潜ませていたと考えるべきなのかも知れないのです。従って、改善がしにくかったのです。ですから、心のあり方や、愛のあり方について、もう一度考えてみるべきことなのかも知れないのです。また、知り合いの方などに、例え誰の事であっても、「どこどこのあの人は良くない。」等と触れ回る場合などには、全くもって問題にならないのですから注意が必要なのです。
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